「AIがどんどん進化しているけど、子供に教えられない、学校でもAIを教えてる感じがない。うちの子の将来、このままで大丈夫かな」
小4の息子がYouTubeを見ている横で、AIとかプログラミングとか、自分でもよくわからないまま「なんとかしなければ」と検索を続けていた時期があります。仕事中、夕飯の準備をしながら、習い事の送り迎えをしながら、頭の片隅にずっとその不安がありました。
決定的だったのは、息子の一言です。
AIで作られた動画を見ていた息子が、こちらを向いて「お父さんってAI使えるの?」と聞いてきました。思わず、間が空きました。「少しは使えるよ」と答えたものの、実際はChatGPTを少し触ったことがある程度。仕事では使っていませんでした。
「プログラミング教育の義務化」
「AIネイティブ世代」
言葉だけはニュースで流れてくるのに、親として何を準備すればいいのかは、調べても調べてもピンと来ない。
専門家の解説はきっと正しいんだろうけど、
「で、うちは今日から何をすればいいの?」の部分が見つからないんですよね。
焦って、教室を調べたり、本を買いかけたりもしました。いろいろ試したいまは、思っていることがひとつあります。
親が全部わかってから教えよう、とすると間に合いません。
そして、たぶんその必要もありません。
子どもに見せる価値があるのは、「なんでも知っている大人」ではなくて、「知らないことを、知ろうとしている大人」の姿でした。
たとえば、ChatGPTに晩ご飯の相談をしたときのことです。横から息子が「チーズと、えのき。あとコーン」と条件を出してきて、10秒で出てきた献立に「え、速い」と前のめりになりました。その日の夕食はチーズとえのきのクリームパスタになって、息子は「これ俺が考えた」と得意げでした。
AIの答えをそのまま写そうとした日もあります。ノートに書き写しているのを見つけて、止めるべきか、10秒くらい立ち尽くしました。翌日、「その答え、本当に合ってると思う?」とだけ声をかけて、教科書と図鑑で一緒に確かめました。AIとの付き合い方は、禁止でも放任でもなく、たぶんこういう小さい場面の積み重ねなんだと思います。
AIは、答えを出してもらう機械として使うと、考える力を奪う道具になります。でも、聞くために自分の言葉で質問を組み立てて、返ってきた答えを一緒に確かめる相手として使うと、考える練習台になります。
同じ道具(AI)でも、使い方ひとつで役割が変わる。未成年の子供の場合は親の関わり方でうまく導いてあげる必要がある。このサイトで書きたいのは、その親の関わり方のほうです。
書いているのはこんな父親です
44歳、共働きで小学4年生の息子を育てています。AIの専門家ではありません。AIガチの人たちのように最新情報についていくことができず、大丈夫かな?と不安を持ちながら、子供の将来のために調べたり試したりしている、ごく普通の父親です。
試したこと・調べたことは、良かった点だけでなく、失敗だったことや気になった点もそのまま書きます。
子育てとAIの悩みから探す
AIと子育て、親はどう構えればいい?
「親が教えなきゃ」と思うほど苦しくなります。教えるのではなく、知ろうとする姿を見せるという構え方を書いています。
プログラミング教室、どこを選べばいい?
料金・内容・向いている子のタイプを、親目線で比較しました。どこも「体験してから決める」が前提です。
親の自分が、まずAIを学んでみる
子どものためのつもりが、仕事にも効いてきた話。何から触ればいいかわからなかった親の記録です。
まず読むならこの3本
- AI時代に親が子供にAIの何を教えられるか:このサイトの原点です。「お父さんってAI使えるの?」への答えを探しました
- 子供向けプログラミング教室を比較:教室選びで迷ったら、まずここからどうぞ
- 子供のためにAIを学び始めた親がやっていること:親が先に動くと何が変わるかは、ここに書きました
最後にひとつだけ
正解がわからないまま、それでも子どもの未来を考えている親は、たくさんいると思います。全部わかってから始めるのではなくて、一緒に調べながらでいい。このサイトが、その伴走になれたら十分です。